音更町の始まりは
明治時代の音更村から
安政5年(1858年)
音更川と十勝川とが合流するコタンの地に足を踏み入れた
松浦武四郎が音更の最初の和人とされ
音更町開拓の祖といわれる
岩手県軽米町出身の大川宇八郎が
1880(明治13)年
サッテキ・ヲトフケ(相生中島付近)
に定住を始め
その後入植者も増え、馬の飼育、水稲作が行われるようになる。
河東郡総鎮守
音更神社
総鎮守とは
総鎮守とは、
国または土地の全体をやすらかに守る
神や総社のことをいいます。
音更神社は明治三十三年、音幌神社として
創祀されました。
以降、音更町の発展とともに歴史を
重ねて参りました。
今までも、これからも
地域の皆さまや
訪れてくれる方々の
平和と幸せを
見守りつづけて参ります。